ひらがな
2005-01-15 [長年日記]
_ [本]見る前に読んではいけない
姉妹―Two Sisters (角川ホラー文庫)(吉村 達也)[Review]
タイトルは、映画『箪笥』と別のものになっているし、独立した作品として、十分に成り立っている。だが、内容的には、映画の謎解きなのである。まあそりゃ読んでから見たほうが混乱しなくていいかもしれないが、あの映画の肝は、なにがなんだかわからない、自分の足元さえ危うくなるような戦慄だろうから、読んでから見ると、映画に入り込むというより高みの見物、みたいな印象になりそうである。
わけわからなかったところが、完全に説明されていてすっきり。後書きを読むと、もう一度映画を見たくなる。
しかしそれにしても、この父親、やっぱり許せんな。浮気の相手を、病気の妻がいる家にひきこむ人非人、じゃないところが、よけい悪い。
_ [社会]みんなって何人?
しかし、私のこのような主張に対して、フェミニストからなされた唯一のリアクションは「あなたはバカなセクシストなのだから、フェミニストの本をもっと読んで勉強しなさい」というものである。
私が知る限りのフェミニストは「異口同音」にそう私に告げて、悲しげな目をして立ち去って行った(だから、個体識別できない)。
お気楽サラリーマンと「種の延命」について(内田樹の研究室)
これを読んでわたしが思い出したのは、村上春樹の『海辺のカフカ』で、主人公の少年が身を寄せている図書館に、フェミニストの団体の女性二人がチェックに訪れ、どうでもいいことを細々とあら捜ししたあげく、トランスジェンダーの青年に撃退される、というくだりである。話としてはとてもおもしろいのだが、フェミニストへの敵意、までいかなくても、嘲弄の意思がなくてはこういう文章は出てこないだろう。
「私が知る限りのフェミニスト」って、いったい何人でどういう活動をしている人たちなのだろう。子供なら「友だちみんなそうだよ!」というときは、だいたいふたりもいれば十分、というのは自分が子供だったころのことも含めて、経験上わかっているが、まさかひとりやふたりってことはないだろうな。でも、仮にひとりかふたりだったとしても、ウソをついているわけではないけど。
この件に関しては、ずいぶん前に「フェミニズムのイメージ」というタイトルで書いたことがあるが、5年たってもまた同じことを書かなくてはいけないというわけである。というか、フェミニストが同質化を志向している、という評価はもう定まってきているのか?
わたし自身、「同質にならなくても、異なったままでも仲良く、までいかなくても、ケンカしないでいっしょに暮らしていけないのか」というのが、大きなテーマである。「いっしょに」というのは家庭の中で、であり、社会の中で、でもある。自分がフェミニストかどうかはよくわからないが、内田樹さんの知っているフェミニストと話がうまく通じないのは「彼女たちの理想が「全員が同じ目標にむかって邁進し、全員が同じ顔をして、全員が同じことばを唱和する無差異社会」の到来だからかもしれない。」なんて、思い込みが内田樹さんの側にあるから、かもしれない。




まあフェミニストにもいろんな人がいるから、内田氏の出会った人がたまたまそういう雑なことを言う人だったのかもしれませんが、こういう、フェミニスト=全体主義的なイメージを必ずしも持ってる人ではない、むしろ自分もフェミ的なことを言ってるような人すら、「ああいったフェミニストは嫌い」と言って自分との間に線を引くんだけど、そこで差しているのが誰のことなのかよくわからない、といったことはあります。(自分も含めて)
フェミニストやフェミニズムのイメージにとって、国や自治体の政策とつながるようになったのは、むしろマイナスだったな(実際的にはそれでよくなったことがあるとしても)、と思うことがあります。
もともと「口うるさい」というイメージがあった上に、なんか権力バックにつけて個人を抑圧する側に荷担してると思われているような気がします。
自分があった人がこうだった、と書いてあるだけなので、別にウソをついているわけじゃないんですが、読むほうの頭には「フェミニストは教条的」としか残りませんよね。(笑)
わたしは、自治体とからんで活動しているようなフェミニストと実際に話したことがないんですよ。ネットでも、わたしの見る範囲にはそういう人って入ってきませんしね。自分の興味のあるところしか見ないんだからあたりまえですが。
そういえば、昔はフェミニストの悪口というと「ヒステリック」「ブス or オールドミス etc. のひがみ」って感じでしたが、確かにポイントが変わってきてますね。
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
私は、自分で自分をフェミニストと名乗る人に一度しか会ったことがないのですが、「あなたは女ばかりの姉妹で育ったからフェミニスト」って言われました。そういう講義を大学で受けて、その講義の受講生がみんな女性で、みんな姉妹だったからだそうです。
彼女は外見的にはいわゆるフェミニストのイメージからは遙かに遠い人でしたが、教条的だと感じたことは否めません。
shishow さん、こちらこそよろしくお願いします。
実際これだけ言われるんだから、教条的な人は多いのかもしれませんね。でも、「性差を否定して、男とまったく同じになるのがよい」という話は、「フェミニストはそう」という意見は目にしても、実際「どの」フェミニストがそうなのか、っていうのは見たことないんですよね。具体例がなくて、イメージばかりが一人歩きしているように感じます。
けっきょくこれってフェミニストだけの話じゃなくて、「こういう人が多い」とかもっともらしく言われるんだけど、具体的に上げろと言われると、又聞きのうわさ話だったりしてはっきりしないっていう・・・都市伝説の一種かもw
「ぴろぴろ日記」とブログの「仮想敵」の話もあわせて、興味深く読ませていただきました。わたしも、書くときは読む人にこういう思いをさせないようにしないとなー、と思いましたね、確かに。名指ししなくても、「○○」という語で検索してみてください、ぐらいの誘導で、たいてい自分が批判しているあたりは出てくると思いますけどねー。それがほんとならば。
なるほど。B型はこういう人が多い、遅生まれはとろくさい、一人っ子はどうのこうの、っていうのと、そういえば似ていますね。
先入観があると、それに合う例だけを記憶にとどめて、ほかの例は忘れちゃうなんてこともあるかもしれませんね。
血液型については、性格との関連を信じているのは、日本人と韓国人だけだとか。(笑)