トップ «前の日記(2000-10-13) 最新 次の日記(2000-10-15)» 編集

I'll be here−社労士 李怜香(いー・よんひゃん)の多事多端な日常


1909|09|
1999|09|10|11|12|
2000|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2001|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2002|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|12|
2003|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|




ひらがなルビ(るび) ルビなし <協力:アダプティブテクノロジー>


2000-10-14 [長年日記]

[ はてなブックマークに追加 ][ del.icio.usに追加 ][ MM/Memoに追加 ]
[この日を編集]

_ 差別のない状態

ゆうべは、ひさしぶりの面々がチャットに集まり、チャットルームをあちこち漂流したあげく、最後はメンバーの一部の人たちに教えてもらって Chocoa をダウンロードして、2時まで遊んだ。ニフティの CB を連想させるインターフェースと速度で、楽しい。課金と電話代におびえながらやっていた当時と違って、常時接続の人も何人もいるし、また復活しそうだなぁ。残念ながらわがやは、CATV も、ADSL もエリア外で、まだダイアルアップ接続なので、夫婦でチャットやったりすると、NTTからの請求がこわいことにはかわりないのだが。

Yoshiko's Niche掲示板で、入居差別の話が出ている。在日が部屋探しをしようとすれば、必ずぶつかる壁だ。わたしも何度もいやな思いをしているが、前の夫と別居するために部屋を探したときは、ほんとうに最悪だった。外国人だと言ったとたんに、露骨に迷惑そうにする不動産屋。たしかに手間のかかる客かもしれないけど、それはわたしのせいか? 母子家庭というのも、経済的に不安定な印象を与えて、不利だっただろう。

なるべく、お金持っていそうで、なおかつ水商売っぽく見えない服装とか(わたし自身が水商売がよくないと思っているのじゃなくて、不動産屋のいやがる要素を排除したかったということです。念のため)、いろいろ考えたが、最後は必死の形相が効を奏したのか、一生懸命探してくれる不動産屋さんに出会えて、そこそこ希望にかなった部屋を見つけることができた。入居したのは、大手の不動産会社の管理している分譲マンションの一部を賃貸しているところで、審査するのに面接まであった。その会社の担当者は「外国人だから厳しく審査するということではなく、全部面接はしています」と言っていたけど、ほんとうかどうか確かめるすべはない。保証人の所得証明だの印鑑証明だのと言われて、実家の父に頼んだりはしたが、「日本人の」保証人と言われなかっただけ、確かにましだったかもしれない。

いまの夫は日本人で、いっしょに住むための部屋を探すときに同行したのだが、これはわたしにとって衝撃的な体験だった。なんでこんなにすんなり決まるの? 日本人なら、これが当たり前なの? という疑問は、いま考えるとあまりにもあほらしいが、差別されるのが当たり前だったので、差別のない状態を体験すると、かえって混乱してしまったのだ。そして、そんなことにショックを受けた自分に、あとで腹が立った。不動産屋に受けのいい服装なんて、日本人は考える必要はないのだ。そう思うと、かえって、差別されて怒りを溜め込んでいたときよりみじめだった。

そして、選挙のとき。いままで、選挙権のないことなんて当たり前で、頭では参政権の大切さをわかっていても、自分も、実家の家族も投票したことなんてないので、それでやっていけるのだから、別にいいじゃないの、というくらいの気持ちだった。選挙が近づいて、投票用のハガキが届いたところまでは、まだものめずらしさが先だった。しかし、投票所の小学校の校庭で、車の中で投票している夫を待っているときは、さすがにいやな気分だった。

いままで知らなかったふつうの日本人の生活。自分が日本に住んでいることに、なんの疑問も抱かず、基本的に安心して、日々の生活を送っている。日本に住んでいて、日本の学校を出、日本の会社に勤めていても、在日が感じている社会の手ざわりとは、まったく異質なものがそこにあった。

日本人と結婚した在日が、多くは帰化してしまうのは、実感として、とてもよくわかる。日本人と生活をともにするからこそ、外国籍の不安定がはっきり意識されるのだ。もちろん、「夫婦なのに戸籍に載らないなんてへん」という、日本特有のプレッシャーもあるだろう。

だが、やはりわたしは帰化しない。

国籍がどうあろうと、自分自身のアイデンティティにはかわりない、というのは確かに理屈だ。だが、理屈ではない。在日が差別されつづけているうちは、たとえ国籍だけのことでも、日本人とは呼ばれたくない。

世界中差別のない国なんてない、くだらないルサンチマンだと、思われるのは承知である。「日本人と呼ばれたくない」なんて、日本人が聞いていい気分のする言葉ではないだろう。だが、この実感を乗り越えるだけの材料は、いまのわたしにはない。

(初出 http://member.nifty.ne.jp/yhlee/0010/001014.htm)


ナビタイム地図検索